「1984年」という小説がある。人々は、その生活、行動、思想、心の全てが管理されているという超管理社会の話だ。
その社会では、歴史は独裁の党の活動目的に合わせて改竄されていた。例えばこんな風だ。
"偉大な兄弟" はその日に行った演説で、南インド戦線は異常がないだろうけれど、ユーラシア軍は北アフリカで間もなく攻勢に出るだろうと予言したものであった。ところが実際は、ユーラシア軍の最高司令部は南インドで攻勢に転じ、北アフリカでは音無しの構えであった。したがって "偉大な兄弟" の演説の一説を、現実に起こった通りのことを予言した様に手直しする必要が生じたのである。
偉大な兄弟とは、舞台となる国の独裁者でこの管理社会の象徴だ。そしてここでは莫大な数の人間が組織的に、党の正しさを歴史的事実とする為に過去の文書や記録の改竄を重ねていた。
あらゆる歴史はいくらでも書き直しのきく羊皮紙であった。
さて、アットマークIT に Spencer F. Katt 氏のコラム、「ウィキペディアにビッグブラザーの影」という記事が載った。ビッグブラザーとはもちろんあの偉大な兄弟のことだ。
「現在を支配する者は過去を支配する」と、吾輩はオーウェルのような不気味なトーンで呟いた。ビッグブラザーも、きっとWikiを書き換えようとしただろう。電話をかけてきた友人によると、米議会スタッフがウィキペディアの記事を懸命に改ざんしているらしい。
Wiki はもちろんのこと、デジタルデータの特徴に編集のし易さがある。インターネットの登場は、社会が悪くなると事実の改竄を容易にしてしまうのではないかと不安がよぎった。Web が何でも知っている人工知能の様になりつつある今、それが悪意を持って改竄されるとその影響は大きい。
1984年
ジョージ・オーウェル 著
新庄 哲夫 訳
早川書房